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はじめに
松原吉隆氏
過去、北陸新幹線の開通に伴う高岡のまちづくりについては、ずいぶんと長く論議してきた。あと5、6回ディスカッションをして、現駅と新駅の「絵」を描き、橘市長に提言していきたい。ぜひ、活発なご意見を。
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| 講演する貴志雅樹富山大教授 |
貴志雅樹氏
2年前に着任した。高岡のまちづくりについてはほとんど知らず、松原氏にレクチャーを受けた程度である。しかし、ここにいなかった者として、違った角度から話ができるのではないかと思う。専門は建築なので、その立場から美しいまちづくりについて述べてみたい。
美しいまちづくりには要素が4つある。「美しさの追求」「親しみやすさの実現」「分かりやすさの確保」「その場らしさ(アイデンティティー)の確立」だ。
古くてもいいが、何でも大事に使うことが求められる。一方、つぶれた店の看板はすぐに外すなど、最終的に美しいものを見せないとダメだ。分かりやすさとは、たとえば神戸のように「六甲の方角を向けば北」という具合に判断しやすい都市構造を差す。高岡は駅から延びる万葉線は曲がって行くし、国道8号も途中で曲がっていくために分かりにくい構造となっている。
具体的な街づくりには12のポイントがある。@街を一望する(地図ではなく、街が把握できる丘などがあるか)A目印(ランドマーク)B親水空間(ウオーターフロント)C中央公園(セントラルパーク)D歩行者道路(モール)E街並み(タウン・スケープ)F内部化された広場(アトリウム)G広場(プラザ)H街角(タウン・コーナー)I大通り(アベニュー)J散歩道(プロムナード)K街の記憶(メモリアル)である。
これを高岡に当てはめて考えればいい。特に指摘しておきたいのは、古城公園だ。素晴らしい中央公園ではあるが、高岡駅からやや離れている。これが駅のまん前にあればよかった。
問題は古城公園が生活の中で生かされているかどうかだ。実際にはお堀があって街と分断されているうえ、それをつなぐ橋が少ない。樹木も街に向かって開けていないために、拒絶感がある。女子学生だけでは行きにくい。
古城公園はプロムナードでもあるが、やはり本来の散歩道は、ところどころに高岡らしい食べ物を売っているとか、店がないとダメ。特に「食」が大事だ。
モールは、えんじゅ通りということになろうが、歩行者道路は雨が降っても安心して買い物が出来るとか、どことどこをつなぐのかということが大事だ。また、街並みはもっと古いものが全国にあり、単独で観光資源とするのは難しい。
高岡駅の地下街はアトリウムとして資産である。しかし、出入り口はいくつかあるが、どのバス停に出るとかのサインはない。地下街は普通、階段を下りたところに扉があるが、この地下街にはないため、冬は寒い。
高岡は工芸都市と言われるが、金屋町まで行かないと分からない。駅を降りたら仕事をしているとか、ものを売っているのが見えることが大事だ。
北陸新幹線に伴うまちづくりだが、まず都市構造の明確化が必要だ。ついで、建築物のブラッシュアップが求められる。特に駅北は再開発と言っても費用が掛かるから、外壁の塗装をやり直すだけでもいい。そしてランドアートの導入である。
アートと言えばパブリックアートが流行っているが、本当に街に合っているかどうかだ。彫刻作品などを単に置くということでなく、芸術という視点で街を考えるということが大切ではないか。アートとは芸術家の作ったものだけを指すのではない。いい風景のところに石をひとつ置く。すると人はそこで立ち止まり、その風景を楽しむことが出来る。石ひとつで変わるのだ。ささいなことがアートになる。金をかけなくても美しさ、驚き、デザインで人を感動させられる。
その観点で主張したいのは、新幹線駅の周囲を森のまちとすることである。高岡は緑が多いと言われるが、実際は街路樹など少ない。庄川などの環境を生かし、新幹線で高岡駅に着いたら森が始まるというのはどうか。この驚きは、誘客に必ずつながる。いっそのこと、「高岡森の駅」と名前を変えてもいいのでは。お金もかからず、大きな効果が期待できるだろう。
現駅については橋上駅が計画されているが、これで新駅と結ぶというのは無理がある。むしろ、現駅はそのまま残すべきだろう。映画「終着駅」ではないが、なくなりつつあるもの、昔懐かしいものを残すべきだ。それを壊してしまうと全国どこにでもある駅になる。
高岡は職人のまちであり、ドイツのマイスターのように自由都市のイメージで、文化・伝統を維持する。それと森を結びつければ、高岡らしい森となる。仙台が杜の都と言われているが、さとう宗幸の「青葉城恋唄」のイメージによるものが大きい。ものにお金をかけるくらいなら、こうした宣伝に使うべきだろう。
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