町づくりという観点から、常にそこで暮らす人にとって使いやすく高齢者や子供にやさしいことが大切で、これが満たされないと住みやすい町づくりにはなりません。
多くの大学の周辺には教職員、学生が、たくさん住んでおりますが、高岡法科大学に関しても同じことが言えると思います。残念ながら、高岡も大学もお互いに生かしていない。高岡は大学を利用する、学生を利用すると、高岡はもっともっと発展していくと思います。

高岡については、一言ではなかなかわかりにくく、シンボルがないというのを思います。衣食住混合型であり、さらに人が集っている核が余り見えにくい場所だというが言えるわけです。これを生かしてどうするのかというのが今後の課題です。
ひかり型もしくはのぞみ型がとまらない新幹線の駅の周りには少なくも何もしないとにぎわいは生まれていません。高岡新駅をなるべく人が集うための駅にするには、この必要条件は、実は1つしかなくて、それは大型の無料駐車場であります。又、新駅の玄関口をどうするのか、駅の南も北も、砺波広域圏にとっても玄関口であれば、21世紀のまちづくりと共にどういう姿にすればよいのか課題であります。

ものづくりの里のような集落があると、高岡に自然に人が集まるようになる。そういう得意点といったようなものを、高岡だから、この場所でしかというものができることを期待しています。
特に田園の中の質の高い、広いゆとりのある、そういった田園住宅の町づくり、それはまさにその地域に住む人だけではなく、他の地域の人も受け入れると、そういう田園住宅地のあるまちづくりをこの高岡南部地域に期待をしたいと思います。
7月の七夕祭りには10万人の人出でにぎわっております。しかし、イベントのおまつりごと、その地区の住民が参加して、お客さんが来ていただくことも大事ですが、住民が楽しんで、よかったという満足感を持ってやっているこそ、本当の価値があると思います。
戸出・中田地区は、いわゆる自然景観、それからいわゆる自然の田園風景を醸し出す非常に魅力ある地域だろうと思います。
南の都市の発展や勢いは、エネルギーみたいものを感じます。
井波の木彫、砺波の散居村、国宝瑞龍寺、これらを連携して、町づくりを行なうことが重要です。
高岡を全体と捉え、たかまち文化の町、ソフトもハードも含めたもので、考えた町並みを瑞龍寺と駅南を間につくっていきたいです。
大変な財産である田園都市風景、そういった資産、資源を生かし、どう生かすか、それらのビジョンづくりが大切です。
本当に自然の中で親子が遊んでいられて、住み心地のいいような町であれば、また人も集まってくる魅力があると思います。
南部地域には、自然がまだまだ残っているというだけでもすごいと思うのですが、そういう自然を生かした町づくり、自然と共存した町づくりができたら、もっと住みやすいとこになるんじゃないかと思います。
歩いて暮らせる高齢者に優しい町づくりが理想です。
子供が住みやすくて、あるいは子供の健康に配慮してあれば、人は入ってくるんじゃないかと思います。
まちというものは一通り整ったら、次は安全性だとか、快適性だとか、そういうとこにいくと思います。もっとピーアールするところは、あるんじゃないかと思います。
自然を生かして、山とか川とか、そういうものを生かした住宅づくりが求められ、その地域特有の、水でも魚でもいい、それをキャッチ・フレーズに、町づくりが進められればと思います。
高岡という町は昔本当に活力のあった町だといろんな人に聞きます。だけど今は、その活力が感じられません。結局ソフトの部分のまち衆文化、これを残し伝えつくっていかねばと思っています。
日本の場合はいつの間にか、人が住みついて、そこに部落ができて、祭りが始まる、といったいつの間にかでき上がってきた町が点在しているわけです。いわゆる高齢者の町をつくろうとか、中田の住みやすい町をつくろうとか、そういったものは、その町のいいところをいかしたまちづくりそのものと思います。
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